Artists 展示

準備中

養老芸術祭への思い

養老芸術祭2025
実行委員長 松永えりこ Matsunaga Eriko 

 岐阜の養老にまつわる歴史や自然、民話に触れるうちに、様々な物事が「反転」することに気が付いた。ここ養老が「境界」となっているようだ。そこで、今回は「境界と反転」をテーマに、作品展示やアートイベントの企画を行う。

「芸術祭」というとすごい感じがしますが、まだ1回目。これからゆくゆくは、お祭りのように皆さんと盛り上げていきたいと思う。

養老山のふもとに新鮮な価値観や地域を発信できる個性として育てていきたいと考えている。サポーターも募集中ですので、お気軽にお声がけください! 

芸術祭に寄せて

養老芸術祭2025
事務局長・アーティスト TAKEUCHI RAN 

 この芸術祭のことの始まりは、2019年に自身が主催しわずか5人で実施した「じもと作家のちいさな作品展・ミニマムエキシビションヨーロー」でした。町の観光の中心でありながら地元民が関わることがほぼなかった養老天命反転地でのはじめてのこころみ。いつか「芸術祭」といえるようなものになったらいいなと思いつつ、それがもしこの地元でひらかれるならそれはどんなものであるべきなのかをずっと考えてきました。すでに各地で開催され何十万人と人が訪れる国際芸術祭は多数あり、それらが関係者の不断の努力と計り知れない情熱で長年をかけて成功に導かれてきたことは言うまでもないのですが、かといってそれらに漠然とあこがれて目標にするということはちがうのではないか。愛する養老の土地で広がってほしい景色は何なのか。 …と思いをめぐらすことは、芸術大学を出ていないまま「アーティスト」を名乗っている自身の後ろめたさと向き合う作業でもありました。そんななか、第一回目となった養老芸術祭2023の展示ブース制作の為、ひたすら数百個という段ボールを組み立てる作業をしていた時、わたしは一つの気づきを得ました。わたしがやってみようと意図したとことは、実はわたしの意思ではなく、もっとなにかおおきくて捉えようのないものの現れであって、わたしはわたしであるようで、実はわたしという確固たるものはないということでした。役に立つとか立派だとか、意味があるとかないとかを超えて無心でなにかにむきあうその一瞬一瞬の呼吸・細胞の振動がただそこで輝いているのであって、あるとすれば大きなながれ、もしくは満ち満ちている何かをぐるっと紐でくくった内と外くらいの違い程度のものであると。 だとするなら芸術祭はもっと簡単で気軽でいい。名があろうが無かろうが、プロだろうが素人だろうが、おとなもこどもたちのように創造性のなかであそぶ。それにゆだねてしまえばよいと思ったのです。 わたしたちはそれぞれの違いを認識しながらも、結局はおおきなものの一面にすぎないことをこの芸術祭をとおして気づき、常識・思い込み、日常のありかた、そして「天命」をあざやかに「反転」させるのです。